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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)1456号 判決

国籍中国(台湾省)控訴人

甲之光

右訴訟代理人弁護士

石川秀敏

石川順道

国籍中国(台湾省)被控訴人

乙丁敏

右訴訟代理人弁護士

村上寿夫

主文

一  原判決を取り消す。

二  控訴人と被控訴人とを離婚する。

三  控訴人と被控訴人間の長女甲恵(昭和五二年一月八日生)及び二女甲珠(昭和五三年一一月四日生)の監護者を被控訴人と定める。

四  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  主文第一、二、四項と同旨

2  控訴人と被控訴人間の長女甲恵(昭和五二年一月八日生)及び二女甲珠(昭和五三年一一月四日生)の監護者を控訴人と定める。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

一  控訴人

控訴人と被控訴人の婚姻関係は、もはや完全に破綻しており、両名間には婚姻を維持し難い重大な事由が存在し、その責任はすべて被控訴人にあるというべきであるから、中華民国民法一〇五二条二項(昭和六〇年六月三日改正条文として公布、施行)の離婚事由に該当する。

二  被控訴人

控訴人と被控訴人との間には、婚姻を維持し難いほどの重大な事由は全く存在せず、両名の婚姻関係は何ら破綻していない。被控訴人は、現在でも、控訴人が被控訴人と二人の子の許へ戻つてくれることを信じて待ち続けているものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原判決理由一1ないし5に判示するところは、次のとおり附加、訂正するほかは、当裁判所の判断と同一であるから、これを引用する。〈附加、訂正された引用部分を掲記すれば次のとおり。なお、便宜、原告を控訴人、被告を被控訴人と改める〉

1  控訴人(昭和八年生)は、東京大学医学部を卒業した神経科の医師で、同四九年から父が開いていた医院を引き継ぐかたわら講師として大学医学部に勤務していたもの、被控訴人(同二三年生)は高等学校卒業後来日し、京都薬科大学を卒業して薬剤士の資格を有するもので、婚姻後は控訴人が婚姻前から借りていたアパート(被控訴人の現在の住所)を夫婦の住まいとし、数か月間は円満な生活をおくつていた。

その後、控訴人、被控訴人間には、昭和五二年一月八日長女恵が、昭和五三年一一月四日二女珠がそれぞれ出生した。

2  被控訴人は毎朝控訴人を送り出すと、近くにある控訴人の実家に行き、控訴人の母、控訴人の妹(夫と別居して子供と実家に戻つていた。)、控訴人の弟の妻らとともに過ごし、昭和五一年になつて控訴人が実家で開業した後はその仕事を手伝つたりしていたが、長女が出生したことから次第に控訴人の母と折り合いが悪くなり(例えば、控訴人が患者から貰つた物を控訴人の母が勝手に開けて食べたといつて被控訴人が怒り出し、控訴人やその母、友人が食べている面前で激しくそれを難詰した、長女出生直後ころ控訴人の母が被控訴人に家事の手伝いをさせ被控訴人がこれに不満を言つた等)、それが原因で控訴人ともしばしば衝突するようになつた。

3  被控訴人が控訴人の母とうまくいかなかつたのとほぼ平行して控訴人、被控訴人の夫婦仲も悪くなり、被控訴人が控訴人の診療中、無断で診療室に入つたこと、被控訴人の母や妹が控訴人の意思に反して控訴人夫婦のアパートに泊まつたこと、被控訴人が控訴人の診療に協力的でなかつたことその他日常生活上生じる様々なことで感情的な対立を生じ、口論が絶えない状態となつた。そのうえ被控訴人は容易に妥協しない強い性格の持ち主で、日常のごく些細な事柄についても、自分が正しいと思つたことは、相手の感情や場所柄をわきまえずあくまで主張を押し通そうとする面があり、勝気で興奮しやすい性質と相俟つて、自分の主張が容れられないと、大声で怒鳴つたり、時には物を投げつけるなどすることがあり、他方、静かで穏やかな性格の控訴人としては何が原因で被控訴人が怒るのか予測できないところもあつたため、被控訴人との応対に気を遣い、夫婦の仲は次第に疎遠になつていつた。そして控訴人は昭和五三年五月ころ右のような日常の喧騒により、講義の準備や診療にも支障を生ずることがあつたため、平静な環境で生活することを望み、被控訴人と子供を残したままアパートを出て控訴人の実家で生活するようになり、以来今日まで控訴人、被控訴人は別居するに至つた。

4  別居後、控訴人はアパート代や被控訴人らの健康保険料を直接負担する他毎月八万円を被控訴人に生活費等として渡している。被控訴人は子供が病気になつた時など控訴人の診察を求めて拒否され、控訴人の勤務先の病院の医師に、控訴人、被控訴人が別居していることや被控訴人の生活が苦しいこと等控訴人に対する苦情を話したこともあつた。また、昭和五四年八月二〇日、被控訴人は控訴人が患者を診療中の診療室に入り、口論の上待合室の花瓶を割つたりした。このため控訴人はいつ被控訴人が診療を妨害しに来るかと診療所の扉を開放しておくことに不安を感じ、以後扉に施錠して診療しているために、患者が減つた。その後、控訴人は、昭和五九年九月ころ実家の門前で、被控訴人から、仕送りが数日遅れているとして罵られたことがあり、現在まで数回路上で被控訴人と顔を合わせたが、一度も会話を交わしていない。

二ところで、本件離婚には、法例一六条により、夫たる控訴人の本国法である中華民国法を適用すべきであるところ、控訴人は、当審において、控訴人と被控訴人間には婚姻を維持し難い重大な事由があるから、昭和六〇年六月三日に改正、施行された同国民法一〇五二条二項に該当する旨主張するのでまずこの点について検討する。

前記認定の事実並びに原審及び当審における控訴人、被控訴人各本人尋問の結果によれば、控訴人は、昭和五三年五月から被控訴人ら家族と別居し、以降被控訴人との面会を拒み約九年間に亘りその状態を継続していて、現在では全く婚姻生活を回復する意思がないことが明らかであり、被控訴人も子供らのため控訴人が家族の許へ復帰することを望んではいるものの同人に対する真の愛情を失つていると認められるから、控訴人と被控訴人との間の婚姻関係はすでに破綻したものというべきところ、その一半の責任は、控訴人が被控訴人との日常の争いに神経を費し、職務の遂行にも支障をきたすような状況にあつたとしても、年長者でありながら、根気よく、寛容と愛情をもつて被控訴人を指導しようとする努力をせず、安易に現実から逃避し、乳飲み子を抱えた妊娠中の妻を残して実家へ帰つたまま以後同人の許へ戻らなかつた点にあるが、他の一半の原因は、被控訴人が日常の些細な事にもしばしば我を張つて控訴人と対立し、自分の考えが容れられないと興奮して大声で怒鳴つたり、物を投げつけたりし、そのような争いの連続に控訴人が深く苦悩し疲弊していることを理解しようとせず、自己の態度を改めなかつたことにあつたものと認められ、控訴人が右破綻の有責当事者であるとは認められない。

そうすると、控訴人と被控訴人との間においては、婚姻関係がすでに破綻し、中華民国民法一〇五二条二項の婚姻を維持し難い重大な事由があるというべきであり、同時に日本国民法七七〇条一項五号所定の離婚事由もあることが明らかであるから、その余の離婚事由の有無につき検討するまでもなく、右事由に基づく控訴人の本件離婚請求は理由があり、これを認容すべきである。

三未成年の子の監護者の指定については、中華民国民法一〇五五条、一〇五一条によれば、父母が裁判上の離婚をするときは、父が子の監護に任ずるのを原則とするが、例外として裁判所は子の利益を斟酌して監護者を定めることができるものとされているところ、前記認定の諸事情によれば、控訴人と被控訴人間の未成年の子である長女甲恵(昭和五二年一月八日生)、二女甲珠(昭和五三年一一月四日生)の監護者はいずれも被控訴人と定めるのが相当である。

四よつて、右と異なる原判決は不当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、控訴人と被控訴人とを離婚し、控訴人、被控訴人間の長女甲恵、二女甲珠の監護者を被控訴人と定め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官櫻井敏雄 裁判官市川賴明 裁判官増井和男は差支えにつき署名捺印することができない。裁判長裁判官櫻井敏雄)

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